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まあ、世の中あいつの悪口を言ってればだいたい除け者にならないと言う事がある。
それは会社では、口うるさい上司だったりお局だったり仕事ができない同僚だったりする。 上司やお局には逆らえないし、仕事ができないのにまだそこにいるというヤツは相当な政治家だったりするから、表立っては悪口を言えない。だからみんな一般社員は陰口を叩く。そんな陰口を叩く事で、結構社員は結束していたりする。 それは、もっと大きな社会でも同じ事が言える。そこで悪口を言われるのは、木っ端役人だったり、警官だったり、被差別される弱い立場の人だったりする。言う方は一般大衆という匿名だったり、マスメディアの住人だったりする。この図式はどうも公方様がお江戸にいらした頃から変わりない。でも、お江戸と呼ばれていた時代やそれからしばらくは人様には身分があった。身分はどうあがいてもそこにあったのだから、上の人は当然に偉そうだし、下の人は当然に偉くなかった。でも、きちんと棲み分けがされていて、それぞれの場所や階層で独自の文化やしきたりがあってそれはそれでなんとかかんとかだった。しかし、今はみんな平等で機会均等でないとおかしいと多くのひとが思っている。いっしょでない、という事はすごく回避される。だから、いしょでなくてもいいやと開き直ってしまえば楽なんだけれど、それはみんなといっしょに悪口を叩かないという事だから当然に社会からはじき出される。上へはじかれて、祭り上げられてしまえば楽だけれど、だいたいが下へ蹴落とされて這いずり回る事になってしまう。だから、みんないっしょうけんめいに悪口を言い合う。 人様の事なんてうっちゃらかして置くに限ると思うのだが、どこにでも正義がなければ気に入らない。本当は社会の面白さって定規では測れない人情だったり、予測不可能な不条理だったりするのだけれど。だから、非情な悪人や頭がてんでバラバラになっちゃってどっかいっちゃってる人でも良い生活を送っていたり、地位が高かったりするし、真面目に正義感いっぱいの情にもろい人がひどい生活を送っていたりもする。それと、反対に悪人は悪人なりに悲惨な死に様をして、人の良い近所のおじさんが大往生してみんなに悲しまれておくられたりする。 なーんにも基準がなくて、人の行いの良し悪しには関係なく世の中は動いていく。そこが、世の中の世の中たる所以なのだけれど、今の世の中多くの人はそれではダメらしい。 つづく
読了。
そうだったのか。どうもそうじゃないかと思っていたのだけれど 国家社会主義者だったのか、私は。 と、 気づかされた。 簡単に言ってしまうと、左や右、更には資本主義か社会主義、 っていう枠組みをやめちゃって昔の江戸時代の枠組みへ戻って 考え様、という事かなあ。 社会主義の統制国家が破綻して以来、(本当はそれを含む資本主義社会・近代社会が崩壊しつつあるのだろうけれど)考えの機軸というか、判断をそれこそマニュアル通りにできなくなってしまったので、ええーーいじゃまくさい江戸時代にもどってしまえ、というところか。 もっと、つっこんで考えてしまえば所詮この国は未だに江戸時代に築かれた封建的な古びた思考の枠内に留まっているにすぎないという考えなのか。はたまた、きちんと底流に流れる思潮を捉えよということなのか、はたまた、こんなマニュアルもあるよ、という軽い気持ちなのか、とにかくこんなに割り切ってしまっていいのかいな、こんなに図式的に考えてしまっていいのかなあ、昔の唯物論と観念論みたいなものなのかともいろいろ考える事もできる面白い本だった。 コンガラガッテしまった頭の中を整理するには格好の本。 ますます、朱子学が好きになってしまった。 そうだよ、なあ。とにかく行動せよってどう考えてもうさんくさいよな。 第一、動くのはメンドウだし疲れるよ。 死ぬまでじっとしてぐちぐちと泥沼の様にああでもないこうでもないと考える事の方が楽で楽しいよな。
現時点で日本はトリノでのメダルがない。
たぶん、今回はメダルはないかもしれない。 これは、短期的な視野に立って単純に考えてみれば当然な事なのかもしれない。長野オリンピックに向けて全力で望んできた冬季競技は今息切れしているのだろう。お金も、ハードもソフトも潤沢に使えた時代が終わったのである。 そして、ちょっと考えて見れば、爆笑問題の太田も言っていたけれど、例えば、誰がカーリングなんて普通応援するのか、っていう問題がある。冬季競技はだいたい競技期間が短い。その上、カーリングである。誰が、オリンピック関係なしに熱心に応援しているのか?という事になる。これはしかし、カーリングだけに限った事ではない。アイスホッケーだって、日本だけではリーグ維持が難しく極東リーグって韓国やロシア極東のチームといっしょにやろうとしている。それに、これは冬季競技だけの事ではない。バレーボールだってあれだけ盛んそうに見えるがプロリーグはうまくいっていない。その結果が最近の国際試合の成績に現れているのだと思う。だいたい、日本でうまくなんとかやってるプロスポーツは野球と相撲とサッカーだけでそれも、サッカーは最近になってやっと、という感じである。 近代スポーツは所詮、欧米だけに許された社会的に大きなバックボーンを必要とする、特殊なスポーツなのかもしれない。良く、社会的・文化的・制度的にスポーツに対する態度が貧弱だから貧困だから強くならない。と言われたりする。しかし、欧米のこの近代スポーツがどれだけの犠牲の上に成り立ついびつな成り立ちを持っているのかを考えると、勝ったらいいのか。金メダルさえ取れればいいのか?と疑問をもってしまう。FIFAなんかが盛んに寄付や支援、ボランティアなんかをアピールするのはその後ろめたさをなんとか償おうとするところからきているのだとも勘ぐれたりする。まあ、そぶりを見せるだけましかもしれないけれど。でも、スポーツをとりまく環境とスポーツそれ自体はもっと「自然な」ものになる可能性を持った豊かなものだと思っている。別に近代スポーツやIOCに縛られなくてもいいあり様はいくらでもある気がする。 # by boring123 | 2006-02-22 22:44
中国人の60%が「日中は再び戦争」・中国誌がネット調査
日中どちらが軍事大国かといえば、間違いなく中国だろうけれど、どちらが怖がっているかと考えると中国かもしれない。優秀な技術がどんどん日本から入ってくるし、戦争はしないと言いながら世界有数の軍事力を持っている(いつでも原爆は作れるし)。それに、政治体制がいつ強権的なものになってもおかしくないと中国からすれば見えるのだろう。 ほんとうに小国というのはどこでもつらい。中国、ロシア、アメリカという超大国と国境を接しているのは世界広しといえども日本しかない。いつ、かつてのポーランドみたいに分割されてなくなってしまってもおかしくないというものだ。外交力がないと良く聞くけれど、あっちに尻尾をふりこっちに愛想を使い、軟弱に外交を続ける事がそんなにいけない事だろうか。軟弱で、あやふやな外交だったからこそここまで生き残ってこれたのかもしれない。その分より小さくて弱い国には強い。回りの大国からされることをそのまま小国にして憂さ晴らししているというか、ガス抜きをしている。 その日本より更に立場が弱いのが朝鮮半島・台湾という事になる。 こんなことを考えて来ると、日中の関係が悪化して喜ぶのはアメリカやロシアかもしれない。このまま中国が世界の中での位置が上がりつづけると困るのは両大国だからだ。日中が互いにけん制して力をそぎつづけてくれればありがたい事この上ない。それにその他の小国も力が自分の国へ向かないのだからこれも喜ばしい。つまり、日中以外の国はこの2国が互いにイガミあってくれることを望んでいる事になる。 更には、両国政府も案外、お互いに国民のガス抜きのためにある程度関係が悪化している事が望ましいのかもしれない。ただし、絶対に戦争にはならないという条件付きだが。 本当に微妙なバランスの上に国際関係ってなりたっているのだと考えさせられてしまう。ちょっとバランスが崩れるといつ戦争になってもおかしくない。今まで完全にアメリカの子分でいられた事が良かったのだろうか。そろそろ、邪魔になってきたから一人立ちしろとアメリカから言われているのだろうけれど。こうなれば、もう北朝鮮の様にあっちこっちから人質を取っておくしかしかたないのでは。つまり開国して、人の交流をもっと活発にして多くの国の多くの民族を国内に抱え込んでしまう。国ごと、ニューヨークみたいに国際都市にしてしまう以外にしかたないのでは。 そうすれば、人口減少も解消し他国からもより理解を得やすくなると思う。今度は、内政がたいへんだろうけれど。 まあ、あくまでも夢想しているだけですが。 # by boring123 | 2005-08-15 20:38
FTA進めて東アジア経済統合を 05年版通商白書
やはり、日本の経済官僚というのはしたたかなものだと思う。日中、日韓の経済的な軋轢をうまく政治的なものに転嫁させてしまって、入り組んだ困難な問題はすべて政治的な外交ルートに棚上げしてしまった。今日ある日本経済をしっかり形造って支えて来た大きな柱の一つが、この優秀な官僚群であり、その官僚群が戦後一貫して日本経済の指針を時々の政治的な駆け引きをひっくるめながら示してきた白書は、相変わらずこんなものを今打ち出している。 この白書は「戦後は終わった」に匹敵する、白書だと思う。 たぶん、無理やりに戦後を終わった物にしてしまおうとした、以前の白書の様に実際の経済動向の内実を伴っているとははっきり言って言いがたいだろう。けれど、この打ち出しで経済は確実にその方向に舵を切る。というより、後付けで既成事実化してしまうだけのものをこの経済官僚たちは持っている。 良かれ悪しかれ、未だに計画的に経済を進めていこうとするこの圧倒的な意思の力にはすごいものを感じる。まあ、それも実際の力強い経済活動があってのたまものだろうけれど。
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